RION Techinical Journal Vol.5
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 2022 年1月、アメリカ・ラスベガスで開催された世界最大規模のテクノロジー見本市「CES( Consumer Electronics Show )」において、リオンの極めてユニークなデバイスが展示された。「聴覚補助型ヒアラブルデバイス」と名付けられたこのコンセプトモデルは、騒音環境下や複数人での会話における言葉の聞き取り改善が期待できるという機能を有する。「カジュアルに身につける」をテーマにデザインも重視、装着における心理的ハードルを下げることにも注力したモデルだ。「より自然な聞こえ」を実現すべく開発されたこのコンセプトモデルの機能や特徴について、開発に関わった技術開発センターの藤坂洋一氏に話を聞いていく。—聴覚補助型ヒアラブルデバイスとは何ですか?藤坂|Bluetooth SIG(Special Interest Group) が発行したリポート(注1)によれば、「聞こえをサポートすることを第一の目的とするデバイス」として、イギリスJuniper Research社の定義を引用して紹介していますが、デバイス自身での補助に限らず、スマートフォンなどの他のデバイスを介したサポートなども含まれており、確定的な定義はなされていないという認識です。これから米国で施行予定のOTC hearing aids 規制を意識した形で、今までの補聴器ブランドとは異なる新しい競合ブランドが製品やソフトウェアをリリースしてきていますが、その特徴はまちまちです。聴力の程度をデバイスで測定した上で、マイクに入った音を信号処理にて多チャンネルで周波数分析し、そのレベルや聴力の程度に応じてゲインを決定・再構成してユーザーにとって適切な音を出力するものもあれば、許容できる処理遅延(注2)を意識して、周波数分析自体が1 チャンネルのみのものもありますし、周波数分析をせずにイコライジング処理だけをコントロールしているものあります。いずれにしても、「聴覚補助型ヒアラブルデバイス」とは、各ブランドのコンセプトを反映した仕様となっており、定義の自由度が高いデバイスと捉えることができます。—今回出展したデバイスはどのような技術的特徴や搭載機能があるのでしょうか?藤坂|技術的な特徴は、「音の空間的印象を保持した両耳信号処理機能」を有していることです。 そして、処理遅延を短く両耳の信号のやり取りをするために、2つのイヤホン間は有線接続したデザインとなっています。これにより、聴覚補助型ヒアラブルデバイスとしては、世界で初めて前方左右方向の音の取得を目的としたbroad-side arrayマイク配置のビームフォーマー(Beamformer)を搭載しています。ビームフォーマーとは、アンテナアレイやマイクロホンアレイを用いて利用される技術で、目的となる信号方向に指向性を持たせることにより、邪魔な妨害信号を抑制することができます。従来の補聴デバイスにも前方方向の音声取得を目的としたend-re arrayマイク配置で遅延と加算(delay & sum)方式によるビームフォーマーは実現されていました。しかし、前方方向の目的音の信号対雑音比は向上するものの、低域成分の劣化を伴い、主に音の距離感という空間的印象に影響を及ぼします。そこで、今回搭載のビームフォーマーでは、最小分散無歪応答法(MVDR, Minimum Variance Distortionless Response)を採用することで、目的となる音声は歪ませずに、空間的な印象をそのまま取得することを可能にしました。つまり、音源分離技術のように取得した音がモノラル信号となることなく、バイノーラル信号として取得されますので、ここに大きな価値があると考えています。また、他の空間的印象を保持した両耳信号処理機能として、バイノーラル風雑音抑制(熊本高等専門学校との共同研究成果)も搭載し、従来にない快適な装用感を実現しています。 搭載されている機能の一覧は次の通りとなります。・処理遅延の短いサイドブランチ型の分析、合成(図1)・17 chのWDRC(Wide Dynamic Range Compression)(注3)「ヒアラブルデバイス」とは?誰しも、「自然な聞こえ」を当たり前のように感じながら、生きていきたいと思うもの。リオンが研究開発を進める「聴覚補助型ヒアラブルデバイス」は、そんな万人の願望をかなえてくれるかもしれない夢のデバイスだ。アメリカの展示会でお披露目となったこのデバイスがいかなる機能と可能性を持つのか、開発担当者に話を聞く。会話の楽しさを再発見する未来のデバイス。藤坂洋一 技術開発センター R&D室 補聴・計測技術開発グループ。博士(情報学)。国立精神保健研究所、産業技術総合研究所を経て2006年入社。リオン初となるリモコン操作可能なRUHQシリーズの担当、補聴処理アルゴリズム開発、聴覚研究などに従事。技術開発、最前線!IN THE BACKYARD注1 Market Research Note Assistive Hearables, 2020年9月。 URL:https://www.bluetooth.com/wp-content/uploads/2020/09/MRN-Assistive-Hearables.pdf注2 許容できる処理遅延とは、リアルタイムコミュニケーションにおいて、話者の口の動きとデバイスから聞こえてくる音の時間差や、骨を伝わたって先に耳でとらえる自声とデバイスから聞こえてくる音の時間差などに違和感がない遅延量を指します。注3 WDRCは、ユーザーの聴力の程度から推測される聞こえの音の大きさ範囲内に音の大きさを周波数ごとに揃えて、ユーザーに適した音の大きさとなるゲインを決定する機能です。12

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