この一冊、というより、この作家と言った方が正しいでしょう。私はショートショートの名手、SF作家の星新一さんが大好きなんです。大学時代、星さんの作品を読み漁った記憶は今でも鮮明に蘇ります。 星さんの作品には、宇宙人やロケット、未来の描写などが頻繁に登場します。こうしたSFという劇場の中で、人間の欲や業、それに社会に対する皮肉がちりばめられ、単にSFという枠組みにはとどまらない、非常に人間臭いストーリーに私は魅了されたのだと感じます。 私は高校時代、望遠鏡で星を見る面白さに目覚め、地元の天文同好会の知り合いに誘われ観測会に参加していました。壮大な宇宙の営みに心を奪われたわけです。このような興味が星さんの描く世界とつながったのだと思うのですが、作品を読み込んでいくと、地球以外の世界や宇宙人が決して恐ろしいものとして描かれていません。加えて、作中に登場するツールなども意外に原始的で、普通に現代社会で見られる映写機や紙と鉛筆などを宇宙人が使用しているといった設定も、感情移入しやすいポイントでした。つまり、星さんの作品への扉を開いてくれたのは確かにサイエンスへの興味ではありましたが、結局、誰もが現代社会において感じている「矛盾」や「不条理」、「混沌」や「諦観」といったテーマに、共感し、納得し、うならされたのです。 リオンに入社直後、こんな試みにも挑戦しました。当時、定期的に発行していた社内報へ新入社員が文章を寄稿する機会がありました。そこで私は星さんの作品に敬意を払いつつ、知恵を絞ってショートショートを書いたのです。自分でも野心的な挑戦だったなとあらためて思いますが、それほど星新一という作家に傾倒していたことを懐かしく感じます。 とはいえここ数年、久しく触れていなかった星さんの作品群。自宅の書棚にはかつて読んだたくさんの名作が並んでいます。その面白さをあらためて思い出した今、また、あの不可思議な世界に没入すべく、じっくり読み直していきたい気分です。20岩橋 清勝代表取締役社長。1979年入社。騒音、振動計測に使用されるデジタル技術を用いた計測器、分析器の開発に携わる。音響振動の技術部門長、環境機器事業部長、技術開発センター長などを歴任し、2022年4月に代表取締役社長に就任。書籍は「知」や「発想」の源泉。リオンを率いる岩橋清勝社長はどのような本を読んでいるのでしょう。今回からスタートする本連載では、岩橋社長が自らの本棚からとっておきの一冊をご紹介していきます。CEO's Bookshelf第一回「宇宙のあいさつ」星新一・著(新潮文庫)社長の本棚。
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