感覚量EPILOGUE SCIENCE, SCIENCE! 感覚に関する精神物理学の基本法則。ドイツの生理学者であり解剖学者であるエルンスト・ウェーバーが、重量や温度などの感覚を実験的に研究し、物質量と感覚量の関係を発見した。後に精神物理学の創始者と言われる、弟子のグスタフ・フェヒナーによって定式化された。法則の名称はウェーバーとフェヒナーの名に由来している。菊池 洋祐研究開発センター 研究開発室 音響・振動センサ研究開発グループ。2015年入社。医用検査機器開発課などを経て、現在は医用検査機器で用いる音響・振動トランスデューサの開発を主に担当。趣味はポルノグラフィティのライブBlu-rayを観ること。ウェーバー・フェヒナーの法則リオンを支える、理科や数学好きなスタッフたち。 この連載では、理数系のスタッフがそれぞれの「理数愛」 を語る。第8回は「ウェーバー・フェヒナーの法則」について。刺激の増え方は同じでも、感覚の増え方は小さくなっていく物質量(刺激) 私は、そんなに理数好きではありません。好きな科目は国語と音楽で、理数科目とは顔見知りくらいの付き合いです。大学では工学部に進みながらも、その中心での活躍は難しいと悟り、興味のまま「認知科学」という学問領域に流れ着きました。そこはちょうど理系と文系の中間のような場所で、人間の感覚や認知の仕組みを解明する分野でした。そこで出会ったのが「物理の世界」と「心の世界」をつなぐ「ウェーバー・フェヒナーの法則」だったのです。 この法則のキーワードは「数値化」です。私たちは、なぜか身の周りのものを数値化したがります。例えば、リンゴを思い浮かべてみましょう。私たちはリンゴを見るとその数を数えたり、重さや大きさ、糖度や固さまで測ってみたり、とにかくなんでも数値化します。リンゴは物理の世界では色々な数値にされてしまうのです。それに対して、リンゴを受け取ったときの私たちの「心の世界」はどうでしょうか。リンゴが「たくさんある」「ずっしり重い」「ちょっと甘い」などと感じますが、それらの感覚を数値化するのは難しいです。しかし、そんな難題をいとも簡単に乗り越えてしまったのがこの法則なのです。 ウェーバー・フェヒナーの法則は、「物理量(刺激)」が私たちの「感覚」としてどのように受け取られるかを表現した数式です。 Rは物理量、Eはそれに対応する人間の感覚の大きさを表します。Cは定数、logは対数関数です。簡単に言うと、物理量がどんどん大きくなっていっても、それを受け取った人間の感覚はだんだん鈍くなるということです(つまり「指数的に増えていく」の真逆のイメージですね)。 この法則の身近な例として「重さ」が有名です。私たちは10 gと20 gの重さの違いには敏感ですが、1,000 gと1,010 gの違いはほぼ分かりません。同じ違いを感じるためには、1,000 gと2,000 gを比べる必要があります。このような、私たちが日々無意識に経験している感覚をシンプルに数式化したのがこの法則なのです。 さて、私が今回この法則を紹介しようと思ったのは、大学時代の思い出の数式だからです。この法則は私の修士論文に登場したほぼ唯一の数式でした。私は大学時代、「無音区間の時間長の知覚」について研究していました。研究結果をまとめる際、時間長を線形軸で表現しても全く傾向が見えなかったのですが、試しに対数軸で表現してみると、途端にはっきりとした傾向が浮かび上がりました。このことから私は「人は時間を対数的に捉えているのではないか?」と考えはじめました。調べてみるとすぐにウェーバー・フェヒナーの法則が出てきて「これだ!」と感動したのを覚えています。この法則のおかげで、私の修士論文は無事完成を迎えたのです。 さらに、本当に紹介したかったのはここからです。この法則の真の魅力は、冷静に考えたときに「いや本当にそれでいいのか?」と思うくらい、とてもざっくりしているところだと私は感じます。例えば重さの例について、私たちは本当に「10 gと20 g」と「1,000 gと2,000 g」を同じ違いだと感じているのでしょうか。厳密には多少はズレがある気がします。しかし、そんな野暮なつっこみどころは一切無視して「これが法則だ!」と言い切ってしまう豪胆さ。そして多くの人が「そうかもしれない」と納得できる普遍性。そんな大胆かつシンプルなところが私の感じる最大の魅力なのです。この法則は、理数系の学問を突き詰めるだけではたどり着けない人間の真理(心理)を表しているようにも感じられます。 「物理の世界」と「心の世界」をつなぐ「ウェーバー・フェヒナーの法則」について紹介しました。理科や数学の教科書に出てくる他の法則とは比べ物にならないくらい、とてもざっくりしていながら、誰もが共感できてしまう不思議な魅力を持った法則だと思います。皆さんもリンゴを見かけた際には、ぜひ心の数値化にチャレンジしてみてください。※ ※※ ※※ ※文/菊池 洋祐心の数値化ウェーバー・フェヒナーの法則リオンスタッフのこだわりコラム20No. 008E = C log R理数好きなもので。
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